「ところで、千尋ちゃんの用って何? お礼だけ言いに来たわけじゃないでしょ」
「あ、は、はい……」
あたしの目的が終わって千尋ちゃんにそう聞くと、千尋ちゃんは急に顔を赤くしてうつむいた。
「? 千尋ちゃん?」
何か変なことでも言った、わけないよね? ごく当たり前のことを聞いただけの、はず。
「…………?」
その後もしばらく千尋ちゃんは真っ赤になったままうつむいていて、何を思っているかはわからない。
(ん〜)
よくわかんないけど、何となく頭でも撫でてあげようかなと思ったあたしは千尋ちゃんに手を伸ばすと
「あ、あの!」
裏返った声をあげながらいきなり顔をあげてきた。
「わっ、と」
あたしは思わず手を引っ込めて、何か決意したような表情の千尋ちゃんに向き合う。
「な、なに、かな?」
「こ、これ!」
また、あきらかに緊張した様子で差し出してきたのは綺麗に包装された小さな箱。今日が何の日かってことを考えれば
「これって、チョコ?」
「は、はい」
って、なんで答えるだけでそんなに緊張してるの? さっきまではそんなことなかったのに。
「わっ、ありがと。嬉しいよ」
わざわざ今日のお礼にチョコ持ってきてくれるなんていじらしい子だな。
「開けちゃっていいかな?」
せっかく持ってきてもらったんだし、感想はここで伝えなきゃね。これから会うことがあるかだってわかんないし。
「は、はい」
相変わらず妙に緊張している千尋ちゃんに了解をもらうと、あたしは丁寧に包装を解くと、箱を開けて四角形のチョコを取り出して口に含んだ。
「ん……んん〜」
口に入れた瞬間、ちょっと苦いパウダーが全体に広がって、その後そのパウダーに覆われていた甘いチョコが舌の上で溶けていく。
「うん、すごくおいしいよ」
お世辞とかじゃなくて、ほんとに心からそう思った。
「あ、ありがとうございます」
(せっかくだしもう一つくらい食べちゃお)
舌の上から消えていく甘えに名残惜しさを抱いたあたしは、箱からもう一度チョコを取る。
そんなあたしを千尋ちゃんが情熱的な瞳で見つめているのにも気づかず
「……あの、彩音お姉さま」
「ん? なに?」
何か妙なことを言われた気もしたけど、とりあえず名前にだけに反応したあたしは
「って、え!?」
お、お姉さまとか言われなかった? あれ? 気のせい?
「お姉さまとお呼びよろしい、でしょうか」
や、やっぱり気のせいじゃないみたいだ。
「いや、駄目とはいわない、けど……?」
とにかくお姉さまという響きにびっくりしてあたしは迂闊なことを言ってしまう。
「嬉しいです! 彩音お姉さま!」
あたしはどんなつもりで千尋ちゃんがそう言ってきたのにも気づかず、いきなり抱き着いてきた千尋ちゃんを抱きとめる。
「わっ、っと……」
「あ、も、申し訳ありません! 嬉しくて、つい」
「あ、えっと……気をつけて、ね?」
「はい。あの……今日は用事があるので失礼しなければいけないのですが、またお会いしてくださいますか?」
「え、っと……うん」
まぁ、この状況で駄目と言うのはなかなか難しい、よね。
そう思い答えたあたしの前で千尋ちゃんは花の咲いたような笑顔をする。
「あ、ありがとうございます。彩音お姉さま!」
「ど、どういたしまして?」
その後もよくわからないまま、はしゃいだ千尋ちゃんを玄関に送っていって部屋に戻ってきたあたしは
「あら、お帰りなさい【彩音お姉さま】」
「…………………彩音お姉さま」
さいっこうに機嫌の悪くなった二人の恋人を前にして、自分がいかに迂闊だったかを思い知らされるのだった。
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これはこれで面白そうなのですが、今回の目的は彩音がゆめに無理やりチョコを食べさせるというものだったため、断念しました。にしても、千尋ちゃんの性格がちょっと違いますね。